Roots* 1975年にタイムスリップ – 桂 秀男

Exclusive対談 Vol.2

ヨーヨーコレクター 柳 高志 氏 , 共輪 / セントラルアメリカン 桂 秀男 氏 , FRESHTHINGS®︎ 代表 鈴木 裕之
鈴木 裕之 (以下 H) : セントラルアメリカンヨーヨーは日本のヨーヨーの歴史を語る上で外せないと思うのですが、当時の実際の資料とか、お話聞かせていただけますか?

桂 秀男(以下 K) : 1975年、僕の叔父の共輪という会社が、ドリンクメーカーC社(最も有名な炭酸飲料を販売)から依頼を受けて当時大ブームを巻き起こしたヨーヨーを製造しました。僕は赤いジャケットを着てデモンストレーターもやったりしたんです。(笑)日本ではヨーヨーが大ブームとなり、その流れに乗って共輪のオリジナルブランドとして1976年からセントラルアメリカンヨーヨーを販売しました。 

柳 高志 (以下 Y) : Made in Japan のC社のヨーヨーを、共輪が唯一作っていたということですよね・・・すごい歴史です。桂さんセントラルアメリカンの販売当初の話をお聞かせください。

K :(懐かしむように)・・・当時、共輪の社員はみんなヨーヨーを練習して、チャンピオンとしてデモンストレーションしていました。たしか1977年頃にはデパートの屋上で大会なども行いました。

セントラルアメリカンヨーヨーのトリックブック(技のレクチャー冊子)なんかも作ってたんですよ。これが当時の僕です。

当時のトリックブック

開くと桂さんの写真が

 

H,Y : おお!桂さん若いですね!

H :発売当時、私はまだ生まれていなかったので、お二人にお聞きしたいのですが、どの様な場所で販売してたんですか?まだコンビニないですよね?

Y,K :発売当初日本にコンビニはあったんですが、当時は商店街にあるパン屋さんや駄菓子屋などで展開してました。

昔は小学校の近所には大体駄菓子屋があったんですよ。デモンストレーションは空き地や小学校の前なんかでもやってましたね。ヨーヨーのデザイン(イラスト)は数種類あって、中でもテントウ虫や毛虫のデフォルメされたイラストが人気で取り合いになってました。

当時のセントラルアメリカンヨーヨー

 

H : 桂さん今でもヨーヨーで遊んだりしますか??

K :”三日月” (Reach for the moon) くらいはできますよ。

Y :私もできます。

H :柳さんには聞いてないです。

一同笑

Y :今日は良い話が聞けました。日本の企業が、C社のヨーヨーをオフィシャルで製造して、同じ金型でオリジナルのヨーヨーを展開していた歴史・・・しかもキャンペーンをしっかり行なっていたっていう歴史はすごく興味深いです。

H :柳さんならではの視点ですね。

H :最後になりますが、現在最先端のヨーヨーブランドである僕らが、許されるのであればセントラルアメリカンヨーヨーを復刻させて歴史を伝えたいのですが、桂さんご協力いただけませんか?

K : もちろん協力させてください。45年の時を経て、セントラルアメリカンが今現在ヨーヨーを楽しんでいる若い人達に触れていただくのは、とても感慨深いし嬉しいことです。

H : ありがとうございます!今回は、ヨーヨーだけでなくアパレルやグッズも合わせたコレクションにしたいです。

K : おお!それは楽しみです!

Y : これはアツいですねー!ヨーヨーコレクター、歴史好きとしてはセントラルは絶対に外せないというか、セントラル知らなかったら”モグリ” ですからね 笑

H :柳さん、モグリって・・・・。

Central American YoYo by FRESHTHINGS®︎